イチ ハシ シュウ ヘン ガ イ ド
 一橋ヒトツバシ徳川家トクガワケは カン元年ガンネン(1741ネン徳川トクガワ8ダイ将軍ショウグンヨシムネダイムネオサ江戸城エドジョウ一橋ヒトツバシモン
屋敷ヤシキアタえられたことからはじまります。一橋ヒトツバシヤス清水シミズサンキョウは、将軍家ショウグンケ
世継ヨツぎがなく、サンイエにも適任者テキニンシャがいない場合バアイ将軍ショウグンオクめる家柄イエガラで、十万石ジュウマンゴク
格式カクシキをもち、直属チョクゾク家臣カシンはもたず、将軍家ショウグンケ身内ミウチとして待遇タイグウされました。
 一橋家は、二世治済の長男家斉が十一代将軍となり、水戸家より入った九世の慶喜が
一五代将軍となりました。
イチバシ由来ユライ徳川トクガワ家康イエヤス入府ニュウフのころ、オオきな丸木マルキ一本イッポンけられていたコトによる。