第2章 修行の喜び

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下記にテープ起こし原稿を掲載します。話の中で省略された言葉を多少補足してあります。

2.努力すればいい師と出会う

Q.先生ご自身がすばらしい師との出会いがあったと言われました。現在の子供たちはそういう機会がないと思います。やはり本当のプロの陶芸家になろうと思ったら、いい師匠に付くということでしょうか?

井上萬二
やはりいい人と出会わないとだめですね。それも、“いい人”というのは自分で見出すことはできないけど、自分がずっと精進して積み重ねていくうちには必ず、自分が精進すればいい人との出会いが出てくると思います。どんなに探そうと思っても、運というのは、誰でもみないい運が来ているけど、それをつかむことはできないでしょう。「今来た」というのはわからないからです。でも、精進して努力すれば、必ず”運”というものは出てくると思います。
「あの人は運がいいから」というのは、「運がいい」ではなくて、努力したから運が来るものです。運がつかめる努力をしないとだめですね。
やっぱり努力しないとだめで、いくら器用でも、努力というのは器用さ以上のものができるかです。一番いいのは、器用で、頭もよくて、健康で、人様以上に努力したら、これに勝るものはないですけど、器用な人ほど努力が足りないです。安易な考えで。不器用でもダメですけど、普通の人が人様以上に努力したら、必ず見出せてくるんじゃないかと思います。それと挑戦。常にチャレンジする精神がないとダメ。

適性は必要ない。適性検査はしません。その人の努力によって見出せてくるものですから。

原点、元というのは、やはり努力しないとダメです。努力したら、何か明かりが出てきます。
それと目標。いくら努力しても、修練を積もうと思っても、目標を持って修練を積まないとダメです。それと常に挑戦する心と、クリエイトする創造する心が大切。
ある程度になったらマンネリ化はダメですから、常に新しいものを生み出す心を持たないとダメです。