第3章 後継者育成の課題

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下記にテープ起こし原稿を掲載します。話の中で省略された言葉を多少補足してあります。

2.人のできない仕事を身につけろ

 明治の職人さんたちがやりましたことを、順を追って教えていきますから、それでよかったら来て覚えろ、と。そうやって徹底して仕込んでいきます。
 作るばかりではなくて、私の15歳からの生い立ちや苦労話をしながら教えていきますから、そういった話も楽しみに来るんです。そういう苦労話も聴いてはじめて、いい職人さんたちになると思うわけです。私たちもそうやって成長してきましたから。
 その辺が、今の時代が変わってしまったから、しかたないと言えばそれまででしょうけど、こういう物作りというのは、一流になるかならんかの差であって、明治時代と今の時代、厳しさは変わらない、と言うんです。
 それに耐え切れないと、口さえ上手ならば名前だけは宣伝になるかもしれませんけど、結局は、ずっとそういう人を見ていると、やっぱり売れんようになってきます。私がなぜ自分の作品を、ここにこういうふうに置いているかというのは、20年も30年も前から、お客さんが陶器市に来て、売り場に出てお客さんと対話しているときにですね、「なんで昔の有田焼ができんとか」と、毎年言われたからです。
 
 長年かかりすぎる、技術屋になるためには。時間がかかりすぎるもんですから、今の人はそういうことはしないです。結局、「有田焼がつまらんね」と言われるのはそこですよね。そういうお客さんからの声を聴いて、売る売らんは別にして、私は趣味でこういうふうにしてますけど、最近は見に来てくれる人が多くなったんです。売る気もないですから、売れないように高く言いますけど。
 でも、ほんとにわかった人は、「それくらいはしますね」と。「高いですね」と言う人は一人もおらんです。そういうふうに関心させるくらいの仕事をせんといかんと思います。いつになっても満足できる品物はでできませんけど、いま有田の全体を見て、あまりにも雑になりすぎたんです。品物がですね。
 これから先、こういうふうに低迷して、焼き物は売れん売れんというのではなくて、今からでも遅くないから、一人くらい職人を養成しましょう、と言っているんです、そういうことをせんと、有田は滅びますよ、と。なんらかの形で手作りの、陶芸家として作家として育ってはいますけど、それは個人の自己満足の陶芸家であって、お客さんが喜んでくれるような商品ではないですからね、
 ブームのときは、「作家さん、作家さん」いうて喜びはあったでしょうけど、もうそういう時代は終わりましたからね。
 だから、今は逆に人のできない仕事を身につけたほうが、これからはいいよ、と。普通に手で作っても型物には勝てないですから。型にできない形、同じ形でも、ここまでは型ではできないよと、手の技術の要する仕事をしなさいと、若い人には言うて聞かせております。
 私は昔ながらの1350度の温度で焼成しますよ、今でも。」 ワインカップなんかでも、軸が細くても、細く削ってもだいじょうぶです。作家さんのは親指くらいの軸であって、それがいいように言いますからね。

 私は1350度まで上げて作りっているよ、と言うても、誰も信用する人が、いません、自分たちのほうが正しいと思っていますからね。私のはぜったい、百発百中取れるように、ちゃんと軸の締め方から、作り方からやってます。
 ここまでできるようになったのはですね、宮内庁食器を納めていたからです。ノギスで測るんですよ。 重量が100グラムあれば、全部10センチと12センチ、重量は100グラムと、全部均一に100個できてないと、向うは受け取りません。
 そういうことば言うても、仕事をしたことがないから、「またホラ吹きおる」と思う。私としては、そうしないと、会社が納められないです。
 最初は苦労したですよ。紙のように薄く作って。ノギスで測られて、合格させて、向う(宮内庁)に引き取ってもうらうまでですね、水分量を少なくしてみたり、いろいろ粘土の調合も自分なりに工夫したりして、取れるようになったんです。注文は30個か50個くらいしか来なかったですけど、品物自体の検査基準が厳しかったから、具合が悪くなるんです、宮内庁の物を作るというのは。
 でも「おまえたりは職人じゃろうもん」と。上の人は何も知らないから。「ぴしゃっと作るのがおまえの仕事じゃろうもん」、と言われて、ずっと作っては来ましたですけどね。なんとか失敗なくできるようになって、定年は60でしたけど、後がおらんもんで、あと4,5年辛抱してくれろと言われて、64歳までいて、独立しました。
 こういうふうに自分の趣味で後継者育成に参加しようと思ってやっています。