江戸の恋     上山明彦

身分を超えた愛の行方

 江戸時代の人々と現代人の間には、どれほどの違いあるのだろう?私は そんな素朴な疑問を持った。その違いという場合、人の価値観、慣習、仕 事、収入、服装、食べ物、住居、そして身分制度というものを考えなけれ ばならない。
 こういうものを学者のように分析していっても、まったくおもしろくな い。それにその手の本はたくさん出ている
。  そこでふと考えた。江戸時代の恋愛、結婚事情を探っていくことで、現 代人との違いと共通点浮かび上がってくるのではないか、と。このテーマ は女性の関心が高い。という問題意識から、さっそく出発することにする。  まず誰もが気になるのは、身分の壁だろう。江戸時代は士農工商という 身分制度があった。
 もし、武士が商人の娘、農民や職人の娘と恋に落ちたらどうなるのだろ うか??二人の結婚は可能だったのだろうか?
 こういう組み合わせの場合、武士の方もまた条件によって違ってくる。 武士が嫡男つまり長男で後継ぎの場合と、それ以外の二男、三男などの場 合ではまったく事情が変わってくる。
 後継ぎではない男たちは「部屋住み」と呼ばれ、厄介もの扱いされる。 部屋住みの者たちは、養子の口を探すしか生きる道はない。見つからなけ れば、一生厄介者としていきるしか術はない。彼らはいい家から声をかけ てもらえるように、学問や武術を必死に学んだ。
 今回は武士の嫡男について話を進める。
 武士の嫡男と町人(商人、農民、職人)の娘が恋に落ちたとしよう。も し武士の親・親戚も娘の親もたいへん理解があって、「いいよ」というこ とになったとしよう。制度的には、武士と町民との婚姻は禁止されている から、そのままで役所から許可が下りない。
 で、どうするか?これにも抜け道がある。まず娘をどこかの武家の養女 にする。これは形式的なことではあるが、娘に対する責任はずっとついて 回るから、親しい間柄か、どこかの武家にお金を積んで引き受けてもらう ことになる。
 それから正式の手順を踏んで、めでたく結婚という運びになるわけだ。 これで身分的な問題は片付く。
 ところで江戸時代の婚姻は、家同士の結びつきである。現代と違って武 士の「○○家」には幕府や藩から地位が保証され、永代に亘って俸禄(何 石何俵で表される)が支給される。この家を守ることが当主や親族に取っ てもっとも大切なことなのだ。当然だが、親同士が決めた縁組ですべてが 決められてしまう、ということのほうが多かったのだ。この点は抑えてお こう。
 だから、身分を超えて二人が恋愛によって結ばれ、両家にも認められ、 めでたく婚姻を済ませ家庭を持つということは、非常にむずかしかったの である。
 しかし、現代人と同じで「経済的身分差」は大きな壁となる。裕福な武 家と裕福な商家同士であれば、立ちはだかる壁は薄いものだろう。貧乏な 武家と裕福な商家ならば、より壁は薄くなるだろう。お金の力は強い。貧 乏な武家と貧乏な町人の家ならばどうだろうか?壁は厚くなると思うが、 なんとかなるのではないかと思う。
 非常に壁が厚くなるのは、それなりの家格の武家と貧しい庶民の家の場 合だ。昔の婚姻は家同士の結びつき基本だ。嫡男と娘がいかに愛し合って いようと、武家側の親や親戚が猛反対するに違いない。婚姻によって家を 盛り立てていくきっかけにしたいという願いが周囲にあるからだ。そこに 悲恋が生まれる。
 猛反対を押し切って二人が一緒になる方法はあるだろうか?まず考える のは駆け落ち。これは生活が成り立たないから難しい。  次は心中。これは法律で禁止されていて、生き残った場合、市中にさら し者にされたあげく、死ぬまで身分制の最下位つまり士農工商の下とされ た身分に落とされた。親や親戚にも迷惑がかかる。
 生きて二人が一緒になるには、武士のほうが後継ぎの地位を捨てて浪人 するか、いっそのこと武士を辞めて町人になるかして、何らかの形で生計 を立てるしか道はなかった。手に職がない侍が職を得るのはむずかしい。 いずれにしても厳しい選択だ。
 一切のしがらみを捨てて愛する人と共に生きる道を選んだ武士は、かつ てどれくらいいたことだろうか?予想に反して意外と多かったのではない かと、私は考えている。その証拠はまだ持っていない。ただ「人間の本質 は昔も今もあまり変わっていない」という漠然とした根拠からそう考えて いるだけである。そういう武士と娘の恋も時代小説の永遠のテーマである。

  ●前ページへ