遊女の恋(2)
文献に残っている遊女の恋の話は、ドラマチックでありロマンチックで もある。嘘と欲望で塗り固められた遊郭の中にあるからこそ、身分もお金 も関係のない真実の愛を見つけたとき、彼女たちは全身全霊をかけて恋人 に尽くすのだろうか? だがそれだけでは月並みである。たとえ壁を乗り越え結ばれたとしても、 さらなる世間の仕打ちが待っていることはわかっているはずだ。彼女たち は先のことを考えて行動したのではないだろう。 自分の人生への絶望感、そこからくる無常感が、一途に自分を愛してく れる男への愛となり、無償の奉仕となったのではないだろうか。それが周 囲の人の心を打ち、結果として高く評価されたり、身請けされて夫婦になっ たりしたのだろう。 島原の二代目吉野太夫は、最高の遊女としてその名を国内外に轟かせて いた。相手ができるのは、大名、豪商、高名な文化人くらいであった。 京都の町に小刀鍛冶の弟子がいた。吉野をどこで見初めたのか、ぜひと も吉野に会いたいと思った。だが、吉野に会うだけでも大金がいる。その 男は親方の仕事だけではなく、時間を惜しんでお金を稼ぐことにいそしん だ。 そうやってなんとかお金はできたのだが、太夫ともなると、身分が低い 上に紹介のない客は取らない。小刀鍛冶の弟子は途方にくれていた。その 話を人伝に聞いた吉野は、男をひそかに揚屋に呼び寄せた。男は長年の夢 が叶ったことを吉野に感謝し、そのまま帰ろうとした。吉野はその男の態 度に心を許したのか、一夜のちぎりを結んだ。それは遊郭では掟に背く行 為だった。まもなく吉野は島原から追放された。 追放後、吉野は灰屋紹益という文化人に身請けされ、幸福な生涯を送っ ている。 次は三代目吉野の話である。長崎のお金持ちの息子・源が島原に来て吉 野に出会い、通い詰めるようになった。借金はかさんだ。吉野は源を揚屋 に呼んで慰めていた。するとそこへ揚屋の一人が怒鳴り込んできた。吉野 は自分の衣類や道具を質に入れて百両を工面し、源の借金を帳消しにした。 源はすぐに長崎の親元に吉野のことを報告した。親は吉野の行動に感激し、 その人柄に惚れ、源の嫁にすることを決めた。すぐに千両をもって身請け し、祝宴は三日も続いたという。 二代目も三代目も、その心意気を見せてくれている。こういう女性に見 込まれた男は幸福者である。 吉原に二代目小紫という遊女がいた。そこへ鳥取の池田藩を脱藩し、 中間・小者という侍の最下級で働いていた平井権八という男が小紫に夢中 になった。権八の稼ぎではとても小紫に会うことさえままならない。せっ ぱ詰まった権八は、辻斬り強盗まで働くようになり、まもなく捕まってし まった。当然磔で処刑されてしまった。 その死を知った小紫は、権八が埋葬された寺を訪れ自害してしまった。 辻斬りをしてまで自分のことを思ってくれた男のことを、小紫も一身を賭 して愛していたのである。現代人の我々からみると、ほかに二人が生きて いく方法があったのにと思うところだが、その時代にはその時代のしがら みがあったのだ。切ない恋の物語である。 |