北方謙三に学ぶ
同人誌が認められて作家デビュー
世の中にはラッキーな人もいる。大学時代に友人たちとタイプ印刷で作った同人誌に発表した作品が「新潮」に連載され、それがきっかけで作家デビューした北方謙三が、その幸運な人である。
略歴を追ってみよう。一九四七年、佐賀県唐津市生まれ。中央大学法学部卒。学生時代は全共闘運動に関わっている。小説でデビューしたのが一九七〇年のこと。
順風満帆に見える北方謙三の作家人生だが、必ずしもそうではなかったようだ。「新潮」に認められたことが逆に「純文学」的世界の体質に苦労させられたと語っている。
彼はヘミングウェイが好きで、そういう感覚で原稿を書いて新潮社へ持っていくと、次から次へとボツにされてしまったという。当時の編集者たちは内へ内へと入り込んでいくような小説を望んでいたのである。
私に言わせればそれは私小説の典型だ。北方謙三もそういう世界になじめず、七年間ほど「だめだ」と言われ続けた。
ついにそういう世界から離れ、エンターテインメント小説といわれる世界で一躍脚光を浴びるようになった。それからの作品はご存じの通りである。
この話のように編集者の中には、既成観念に凝り固まっている人もいる。そういう人は新しい芸術を理解せず、自分の嗜好を作家に押しつけようとする。
逆に、編集者がいい助言をしているのに、作家の方が凝り固まっていて聞く耳を持たないというケースもある。
一概にどちらがどうとは言えないが、自分の感覚に自信を持ちながらも、他人の言葉に耳を傾け、勉強すべきところは勉強し、自分の才能を伸ばしていく、というのが理想である。
それはあくまでも理想論であって、実践していくのはとてもむずかしいことなのである。