遅咲きの一流作家たちに学ぶ

   七十歳からでも遅くはない

 有名な賞で、「最年少」とか「若手」という「称号」が脚光を浴びているが、今回はその逆に注目してみたい。ある程度年を取ってからプロになった作家たちのことである。

 年を取ってからデビューするからには、その作家にはなんらかの特別な事情なり考え方なりがあったはずだ。そのあたりのことを本人のエッセイ、対談、ジャーナリズムのインタビュー記事などで発見できたら、機会を見て紹介していきたいと考えている。

 本稿を書くにあたって、私は阿刀田高と藤沢周平の経歴を調べた。

 阿刀田高は一九三五年生まれ。国会図書館勤務の傍ら書いた『冷蔵庫より愛をこめて』で作家デビューしたのが、一九七八年、四十三歳のときだ。

 藤沢周平は一九二七年生まれ。この作家のプロデビューも四十三歳のときである。業界紙の編集長をやりながら、土日に小説を書いていたという。 四十三歳のとき書いた時代小説が、オール読み物新人賞を受賞し、プロとしての作家活動が始まっている。

 以後一九九七年に亡くなるまで、膨大な作品を残し亡くなっている。

 最近読んだ藤沢周平のエッセイの中で、注目している作家として数人の名前が挙がっていた。 その中に池宮彰一郎、隆慶一郎の名があった。

 池宮は一九二三年生まれの現在八十一歳。プロ作家デビューは一九九二年で、六十九歳のときである。それまでは脚本家として活躍していたので、何も書いていなかったわけではない。そこがまったくの素人とは違うところだが、それにしても遅咲きの作家である。

 隆慶一郎は一九二三年生まれ。六十三歳でプロ作家デビューし、わずか三年半の作家活動だが、熱烈なファンも多い。一九八九年に亡くなっている。この作家もそれまで脚本家として活躍していたので、まったくの素人というわけではない。

 皆さんよくご存じの松本清張は、一九〇九年生まれ。一九五二年に、「或る『小倉日記』伝」で第二十八回芥川賞を受賞してプロ作家デビューしている。このとき四十三歳である。

 全員に共通するのは、何らかの形で書き続けていたこと。そういう背景なしに、いきなり優れた作品が書けるはずがない。そのことを読者の皆さんにも、胸に刻んでいただきたい。

 ところで、今紹介した中に、なぜか四十三歳デビューの作家が三人いる。ちょうど「後厄」の歳。それと関係があるのだろうか?

 厄年は関係ないにしても、男は四十歳を過ぎたころ、「このまま一生を終えていいのだろうか?」と自問するのではないだろうか。藤沢周平ははっきりとそう書いている。この私も四十歳を転機にそう思うようになった。

 作家のデビュー年齢のデータをたくさん持っているわけではないが、池宮彰一郎の六十九歳は群を抜いている。この作家を抜いて高齢デビューした作家はいるのだろうか?引き続き調べてみたいものである。

(ここでは「作家」という言葉を「小説家」という意味に限定して使っています)。

 以下略歴を付記。

阿刀田 高(あとうだ たかし)

生年 一九三五(昭和十)年一月

一九七八年 『冷蔵庫より愛をこめて 』で作家デビュー。

一九七八年 第三十二回日本推理作家協会賞 短篇 「来訪者」

一九七九年 第八十一回直木賞  『ナポレオン狂

一九九四年 第二十九回吉川英治文学賞 『新トロイア物語

藤沢 周平(ふじさわ しゅうへい)

生没年 一九二七年(昭和二年)十二月二十六日~一九九七年(昭和五十二年)一月二十六日

一九七一年 第三十八回オール讀物新人賞受賞 『溟い海

一九七三年 第六十九回直木賞 『暗殺の年輪

一九八五年 第二十回吉川英治文学賞 『白き瓶(かめ)―小説 長塚節

一九八九年 第四十回芸術選奨文部大臣賞 『市塵 』、第三十七回菊池寛賞受賞。

一九九四年 朝日賞・第十回東京都文化賞の二賞を受賞

一九九五年 紫綬褒章

一九九七年 肝不全により死去、享年六十九歳。

池宮 彰一郎(いけみや しょういちろう)

生年 一九二三年(大正十二年)五月十六日。東京生まれ

一九五二年 脚本家として独立

    代表作「十三人の刺客」、「大殺陣」にて京都市民映画脚本賞

一九九二年 第十二回新田次郎文学賞 『四十七人の刺客

    同作品にて作家デビュー。

一九九九年 第十二回柴田錬三郎賞 『島津奔る

隆 慶一郎(りゅう けいいちろう)

一九二三年(大正十二年)九月生まれ

一九八六年 『吉原御免状 』で作家デビュー

一九八九年 日本映画プロデューサー協会賞特別賞
一九八九年 第二回柴田錬三郎賞 『一夢庵風流記
一九八九年 十一月四日 永眠。

松本 清張(まつもと せいちょう)

一九〇九(明治四十二)年十二月、福岡県小倉生まれ

一九五二年 第二八回芥川賞 「或る「小倉日記」伝

一九五三年 第一回オール新人賞佳作第一席入選「啾啾吟」

一九五七年 探偵作家クラブ賞 短篇集 『顔』

一九五九年 文藝春秋読者賞 『小説帝銀事件

一九六三年 日本ジャーナリスト会議賞 『深層海流・現代官僚論 』 、『日本の黒い霧 』、

一九六六年 第五回婦人公論読者賞 『砂漠の塩

一九六七年 第一回吉川英治文学賞 『昭和史発掘 』、『花氷 』、『逃亡

一九七〇年 第十八回菊池寛賞 『昭和史発掘』

一九七一年 第三回小説現代ゴールデン読者賞 『留守宅の事件』

一九七八年 NHK第二十八回放送文化賞

一九九〇年 朝日賞、社会派推理小説の創始、現代史発掘など多年にわたる幅広い作家活動に対して。

一九九二年 肝臓癌のため死去。 享年八十二歳。