上ノ山 明彦

 『憑神 (新潮文庫) 浅田次郎

 時代小説にもファンタジーがある。今年(2007年)夏に映画化された浅田次郎の『憑神』(新潮文庫)は、そのよい手本である。
 時代背景は「大政奉還」前後の幕末。貧乏旗本の部屋住みである次男坊が、ひょんなことから貧乏神に取り憑かれるところから物語りが始まる。あらすじをバラスのは業界の仁義に反するので書かない。次男坊と貧乏神とのやりとり、次男坊の実直な生き方、そこから巻き起こる騒動に笑ったり、起こったり、イライラしたり、考え込まされたりする。
 浅田次郎は時代の流れが多数派を愚かに、愚劣にしてしまう滑稽さを描き、少数派の不器用だが純粋な生き方を描きだしている。その生き方の中に、現代の日本人がほとんどなくしてしまった大切なものを見せてくれる。普通の時代小説ではなくファンタジーにしたことによって、肩を張らない説教がましくない話の中で、その大切なものとは何かを読み手の心の中に問いかけてくれるのである。
 時代小説だからこそ描くことができる世界がある。ファンタジーだからころ描くことができる世界がある。浅田次郎は両者を巧みに融合させている。原作と映画の両方を楽しんでいただきたい。