上ノ山 明彦

父・藤沢周平との暮し (新潮文庫) 』 遠藤展子 

 作家としての藤沢周平はもちろん好きだが、父親としての藤沢周平はどんな人だったのだろうかと、昔から興味があった。一人娘の展子さんが『父・藤沢周平との暮し』という本を出したという記事を見て、すぐに買って読んだ。同じように一人娘を持つ私としては、父親としての藤沢周平の気持ちがよくわかった。その辺りのことについては、本書を読んでいただくのが早い。
 おもしろかったのは、藤沢周平が世に認められる前、サラリーマン生活を続けながら原稿を書いていたころの様子だ。本人が書いたエッセイにもそのことは書いてあったが、娘からの情景描写もおもしろい。さらりとしか書いていないので、私が想像するに、土日になると周平が卓袱台を畳の上に置く。たぶん昼食後からではないだろうか。そこで原稿を書き始める。その横で娘と妻が正座をしたまま、邪魔をしないように図書館から借りてきた本を静かに読む。おそらくそれは夕食前まで続いたのだろう(なにしろ藤沢周平は大のテレビ好きだったから、夕食後は一家でテレビに釘付けだったはずだ)。
 すぐそばに娘と妻がいて、よく原稿が書けたものだと、私は驚いてしまった。エッセイで読んだときは、妻子はてっきり隣の部屋で声を潜めているのだろうと勝手に思いこんでいたからだ。普通、幼児はじっとしていません。仮に静かにしていても、気になって原稿が書けるものではありません。
 書斎もなく、独立した部屋もない。「本当にやりたいことはどんな環境でもできるということを、身をもって教えられたように思います」(『父・藤沢周平との暮し』、106頁、遠藤展子著)。
 私の心にグサリと突き刺さった言葉だ。何もしないことを環境のせいにしていないか?自分だけに降りかかった不幸のせいにしていないか?藤沢周平からそんな言葉が聞こえてきます。明日から私も娘をそばに置いて原稿を書かなければ...あ、話が違うか(笑い)。

 貧しい家庭で育ち、働きながら夜間中学と師範学校を卒業し、就職後すぐに肺結核で長い療養生活。なんとか退院して業界紙に就職。悪条件のため転職。ようやく落ち着いた生活を始め、子供が生まれた途端、妻が病死。必死に子供育てながら、執筆を続ける。子供が小学生になった頃再婚。暮らしに落ち着きが出る。その頃まで、今書いた休日・卓袱台・執筆の生活を続けていたのです。
 本書を読んでいくと、藤沢周平の人生観がいたるところで垣間見えます。こういう人柄だったからこういう小説が生まれてくるんだな、と痛感させられます。
 ま、とにかく読んでみてください。特に、娘を持つ父親の皆さんにはぜひ読んでいただきたい本です。

参考文献:
父・藤沢周平との暮し』、遠藤展子著、新潮社刊。

 (2007.2.24)