上ノ山明彦

季節のかたみ (講談社文庫)』  幸田 文

 ふだんの何気ない暮らしの中に題材を求め、エッセイに綴りたいと思っ ている方にお薦めしたい本である。本書は女性特有の感性で捉えた日常の 出来事の中に季節の移ろいや人生の意味を汲みとろうとしている。男性で ある私には新鮮な驚きがたくさん散りばめられている。女性の読者ならば 共感するとともに、「ああこういうふうに描くことができるのか。私なら ばこういうふうに表現するわ」となることだろう。身近な物事に、こんな にもたくさんの題材を見つけることができ、書き方しだいで読み手に共感 されるエッセイに描き上げることができることを理解していただけるはず。  ある年の夏に印象的だった出来事を「夏の想い出」と言わずに「夏のか たみ」と呼ぶ。春夏秋冬の「かたみ」を集約したのが本書で、タイトル、 「季節のかたみ」に表現されている。
 季節の移ろいは花々や草木や気温の変化だけに現れるものではない。同 じ季節の中にも微妙な変化がある。そういったものをあなたは何に感じ取っ ているだろうか?洗濯物の乾き具合で春の訪れを確かめる人、白と紺の浴 衣の色を見て、白が強く目に映るようになったときに秋の気配を感じる人。 なるほど、女性の感性だなあと思う。
 幸田文は、自然が豊かで風物詩が残っていない地域でも、十分に季節を 感じ取ることができるといっている。たしかにそうだ。例えば、雨はどん なところにも降り注ぐ。辞書で「雨」が前後に付く単語を調べたら、数え 切れないくらい出てきた。それくらい昔の人は雨の微妙な変化を見て季節 を感じ、その表現として名前を付けていたのである。風や雪だってそうだ。 一度辞書を調べてみてほしい。
 幸田文の文章は、そのときの自分の気持ちにもっともぴったりくる言葉 を探し求め、それを文に綴っていることがよくわかる。ありきたりの表現 では、自分の感じたことが正しく読者に伝わらないからだ。それが集約さ れて深い趣があって美しい作品になっている。それは「美文」とはまった く違うものである。「美文」というのは、言葉を飾り立て、読み手に「私 の文章はこんなに美しいのですよ」と自己主張している嫌みな文章である。 自分の小さな発見、驚き、喜び、悲しみをもっとも正確に読者に伝えるた めに言葉を選ぶ。その結果が本当の意味で美しい文章になるのだ。
 何も特別なところにも豪勢な家にも住む必要もなく、贅沢な服も変化に 富んだ生活も必要ではなく、誰もが目にし感じる物事の中で、自分の感覚 が捉えたことを文章にする。それだけでいいエッセイになることを、幸田 文が教えてくれている。

★参考文献 幸田文著、『季節のかたみ (講談社文庫)