上ノ山 明彦

ミステリー・名著のあらすじ

 推理小説の原則や名作の歴史と発展についてまとめてみたい、と常々考えていた。先日、ある本を探しに書店に立ち寄ったら、思いがけず非常にいい本を見つけた。
ミステリー・名著のあらすじ』(矢島誠、芦川淳一、山川栄次郎共著、コスモ文庫、永岡書店発行)という本がそれ。
 この本は、単純に世界各国と日本の名作のあらすじを紹介しているのではない。ある作品がミステリーの発展に及ぼした影響、作家のバックボーン、トリックと謎解きの読みどころなどを、的確にまとめている。
 推理小説(ここではミステリーと同じ意味で使っている)作家を志望している人には、名作の持つ意味を多方面から知ることができるので、ぜひ読んでほしい本だ。

 この本の中でも紹介しているが、推理小説では事件の謎解きにあたって、読者をペテンにかけてはならないという厳しい掟がある。
 まずその掟をしっかり理解しておくことが大前提となる。その上で「おれはその掟を破ってみせる。それでいて読者を納得させてみせる」と挑戦するのはいっこうにかまわない。
 ロナルド・A・ノックスが、ミステリーのフェアプレイを定義しているので、これから紹介しておこう。
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<ノックスの十戒>
1. 犯人は物語の初めから登場していなくてはならない。
2. 犯罪は論理的に解かれねばならず、超自然的なものに依ってはならない。
3. 秘密の部屋や通路は、一つ以上使ってはならない。
4. 新しい、未発見の毒物はダメ。
5. 不吉な外国人、殊に中国人を登場させてはならない。
6. 犯罪はまったくの偶然によって解かれてはならない。
7. 探偵が犯人であってはならない。
8. 探偵はわざと手掛かりや自らの推論を読者から隠してはならない。
9. ワトスン役がいる場合、その人物は自らの意見を隠してはならない。
10. 瓜二つの双子や″そっくりさん″を使ってはならない。
(『ミステリー・名著のあらすじ』、87-88ページより引用。ただし、
行頭の数字は原文では和数字)。
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 ここで「探偵」と呼んでいるのは探偵の役割を果たす人物のことで、職業は専門職の探偵に限定しなくてもよい。弁護士でも刑事でも記者でも何でもよい。「ワトスン役」というのは、シャーロック・ホームズの相棒であるワトスンのように、相棒として自分の考えを素直に言う役割の人物のことだ。
 ノックスの掟から考えると、宮部みゆきの『火車』では犯人が最後の最後の最後にしか登場しないので、1番目の掟を破っている。それでいて、非常におもしろいストーリーに仕上げている。そういうこともできるのである。
 5番目にある「中国人」という文字は、当時の時代背景を考慮してほしい。もちろん現代では削除してかまわない。
 全体的にノックスの十戒は、現代でも十分に通用する掟である。

 次に、「ヴァン・ダインの20則」を見てみよう。
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1. 謎を解くにあたり、読者は探偵と平等の機会を持たねばならない。
2. 犯人や探偵に対して用いるペテンやごまかしを読者に施してはならない。
3. 物語に恋愛的な興味を添えてはならない。
4. 探偵自身、あるいは捜査当局の一員が犯人に豹変してはならない。
5. 犯人は論理的な推理によって決定されねばならない。
6. 推理小説には探偵が登場しなくてはならない。
7. 推理小説には死体が絶対に必要である。
8. 犯罪の謎は厳密に、自然な方法で解決されねばならない。
9. 探偵は一人だけ、つまり推理の主人公はひとりだけでなくてはならない。
10. 犯人は物語中、大なり小なり重要な役割を演じた人物でなくてはならない。
11. 作者は使用人を犯人として選んではならない。
12. いかに多くの殺人が起ころうと、犯人はただ一人だけでなくてはならない。
13. 秘密結社・カモラ党・マフィア党などを推理小説に持ち込んではならない。
14. 殺人の方法とそれを探偵する手段は合理的・科学的でなくてはならない。
15. 問題の真相は終始一貫して明白でなくてはならない。
16. 推理小説には文学的饒舌など、雰囲気の過重視があってはならない。
17. 職業的犯罪者に推理小説中の犯罪の責任を負わせてはならない。
18. 推理小説の犯罪は事故死や自殺という結末があってはならない。
19. 推理小説におけるすべての犯罪の動機は個人的なものでなくてはならない。
20. 自尊心のある作家は使い古されたトリックを使うことを潔しとしない。
(『ミステリー・名著のあらすじ』、95-96ページより引用。ただし、行頭の数字は原文では和数字)。
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 現代においては、この掟もいくつかの項目が破られている。
 今年のベストセラーの一つ『ダ・ヴィンチ・コード(上)』では、3番目の恋愛の要素が盛り込まれている。13番目にある秘密結社はどんどん登場してくる。それでも十分に論理的な謎解きやハラハラ・ドキドキのサスペンスを楽しめるいい作品である。
 宮部みゆきの『誰か Somebody』という推理小説は、事件の結末が18番目の掟を破っている。事件よりも、それをめぐる関係者の人間模様や深い心理を描き出そうとした作品で成功しているが、これも16番の掟破りと言える。
 とはいえ、全体的にダインの20則も、十分現代に通用する要素をもっている。
 推理小説の手法もどんどん変化し、発展していく。新しい掟破りが登場してくることは歓迎すべきことである。
 その場合、「あの小説はインチキだ。掟に従っていない」という厳しい批判が浴びせられることは覚悟しなければならない。それを乗り越えてはじめて、歴史に名を残す作品となるのである。ぜひ挑戦していただきたい。