あなたに伝えたい本

 タイトル   ひまわりの海
 著 者  舘野泉
 発行年月  2004年11月
 出版社  求龍堂
 定 価  1600円+税
 キーワード  右半身不随, 左手だけのピアニスト, フィンランド, 障害,

 世界的に有名なピアニスト、舘野泉が2002年1月、演奏終了後に脳溢血で倒れました。右半身不随になりました。一時はピアニストとして再起不能かと絶望した時期もありました。それから2年余りのリハビリ生活を経て、左手だけで演奏するピアニストとして再起を果たしました。そこに至るまでの話が、舘野泉著、『ひまわりの海』に書かれています。
 私が最も感銘を受けた部分は、ある演奏会場で視聴者からの質問に答える場面です。あなたはこれまで長い演奏活動をこなしてこられレパートリーも膨大なものがあった。それが今は左手だけで演奏を強いられる状態となった。それについて口惜しくはありませんか?というような質問でした。
 それに対する舘野泉の回答が、次の引用部分です。
<引用>
 「口惜しくないとは言えないだろう。今まで弾いてきた音楽を、どうして忘れ去ることができようか。ひとつひとつが長い年月をかけ、自分の血となり肉となっていったものである。多くの人々と共に、喜びも悲しみも分かち合ってきた曲ばかりである。しかし、これもありのまま正直に申し上げるが、今感じているのは音楽の喜びだけである。音楽がまたできる、指を通じて全身が、自分の全存在が楽器に触れ、聴いてくださる方々と、そしてこの世界と一体になっていく、その感覚だけである。あれができない、これができないではない。ないない尽くし気持ちは振り払ったり、見ないようにしているからないのではなく、音楽そのものをしている充実感が溢れていて、何も不足を感じていないからである。左手だけで演奏することにも、なんら不自由は覚えない。演奏をしている時には、片手で弾いていることさえ忘れている。充足した音楽表現ができているのに、どうして不足など感じることがあろう」 (『ひまわりの海』、240ページ。舘野泉著、求龍堂刊)
 「今感じているのは音楽の喜びだけである」という言葉がすべてを物語っています。左手だけで弾くからといって、伴奏だけを弾くのでもなく、メロディだけを弾くわけでもないのです。両方弾きます。左手を最大限使って、自分の音楽を奏でるということになります。それがいかに大変かがわかります。

 日本語ではよく「片手間仕事」という言葉を使います。「本業の余暇。用事のひま」(広辞苑)で行う仕事という意味です。「片手で行うから簡単な仕事」と考えるのは、大きな間違いであることがわかります。安易にこういう表現を使うと、たくさんの人を傷つけてしまう恐れがあります。自分がそれまでそういうことまで深く考えて言葉を使っていたか?そう問われたような気がしました。深く反省です。
 舘野泉はフィンランド在住ですが、毎年日本各地でコンサートを行っています。私も実際に彼の演奏を聴きに行きました。まるで両手で演奏しているかのような豊かな音域と流れるような旋律に思わず涙が出てきました。ぜひ皆様もコンサートに参加してください。

(評者: 上ノ山明彦)


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