古本探しをしていると、思いがけず良い本に出会うことがある。『想い出の作家たち〈1〉』(文藝春秋社編、文藝春秋社刊、1993年)もその一つだ。 この本は、今は亡き有名作家の夫人や家族に聞き取りを行って書いたものである。家族から見た作家像であるために、読者からは見ることができない作家の「普段着の姿」が描かれている。 取り上げられている作家は色川式大、島尾敏雄、柴田錬三郎、五味康介祐、新田次郎、尾崎士郎、海音寺潮五郎、高見順、金子光晴、尾崎一雄、梅崎春生、江戸川乱歩、横溝正史。そうそうたる顔触れである。 ほとんどの作家が大正、昭和生まれであるから、彼らと家族の歴史は、戦前・戦中・戦後史でもある。私は作家の生き方はもちろんのこと、その厳しい時代を生き抜いてきた家族の歴史にも深い感銘を覚えた。 たとえば、新田次郎夫人、藤原ていは『流れる星は生きている』の著者でもある。新田次郎が出征した当時、家族は旧満州で終戦を迎えた。子供3人を連れての逃避行は、まさに地獄。獄寒の中、朝鮮人の家を回って食べ物を恵んでもらう乞食同然の日々だった。それでも子供のために屈辱と飢えに必死に耐えた。一緒に引き上げて来た母親の中には絶望して「敵に殺される前に自分の手で」と、我が子を殺してしまう人も出てきた。その様子が克明に描かれている。 母子4にはなんとか帰国したが、ていは精神に異常をきたしてしまった。歩くこともできなかった。翌年に新田次郎が帰国する。そこからまた夫婦での病との闘いが始まる。誠実な夫の看病の甲斐あって、病状は少しずつよくなっていった。その様子も本書に克明に記されている。 どの作家の話を読んでも、順風満帆という人生はない。良い作品を書くという苦悩のほかに、時代に翻弄される人生と生活していく苦労が覆い被さってくる。戦後の恵まれた時代に生まれ育った私には、ただこうべを垂れるのみだ。 なお、このシリーズの2も出ている。 「想い出の作家たち〈2〉」 |