大往生の島 上ノ山明彦著


佐野眞一著   『大往生の島』

 日本は高齢化社会になった。「死」の意味を正面からとらえる必要がある。
「縁起でもない」と逃げる、長生きだけを考える。あいまいにして目を伏せる。それが日本の現状である。「死」を正面から受け止めるということは、いかに生きるかを問うことでもある。日本では、いかに生きるかを考えることさえいい加減になっている。
  佐野真一は、宮本常一を追って『旅する巨人』を書いた。その取材で周防島を何度も訪れた。そのときふと気がついた。島の住民の大半が高齢者なのである。他の地域と比べてみると、その何倍も高齢者の割合が多いことがわかった。
  そのくせ島民に暗さがない。生き生きと暮らしている。毎日働きに出て、汗を流している。お互い助け合って暮らしている。なぜこんなに楽しそうに暮らしているのだろう?佐野はそういう疑問を持った。
  あらためてテーマを決め、取材しなおして書き上げたのがこの本である。
  読み終わった後、私の心に浮かんだものは、厳然としてそこにある「死」をどう迎えるかということ。高齢者は「世の中で役目を失った人間」ではない。隔離して保護すればよいというものではない。社会で役割を終えた人間というレッテルを貼られ、保護という形式の中で見捨てられていく老人制度に人間としても尊厳があるだろうか?「死」を正面から受け止めるためには、最後まで誇りを持って生きることが必要なのだ。本書は多くの示唆に富んでいる。
  ルポルタージュを書きたい人には、非常によい手本でもある。何も大冒険や大がかりの取材だけがルポではない。身近な人や街の中にも、人間に
取って大切な題材はたくさんある。要は書き手のセンスなのだ。予断、偏見、先入観を取り払って眺めていると、いろいろなものが見えてくる。佐野真一はいつもそういうことを教えてくれる。

<書店へのリンク>
●『大往生の島 』 、文藝春秋
●『旅する巨人―宮本常一と渋沢敬三 (文春文庫)



●前ページへ