伊那食品工業の社長、塚越寛氏が書いた本です。この会社は従業員や地域を大切にする会社として有名です。それは従業員の高いモチベーションにつながり、お客様満足度も非常に高いという結果として表れています。
当然のことですが、こうした会社の姿勢は売上にもいい影響を与えています。なんと46年連続利益増という大変な記録を打ち立てているのです。伊那食品はもともと寒天という地味な食品を取り扱ってきました。立地条件も都会から離れており、けっして条件に恵まれている会社ではありません。寒天はかつては季節商品であり、原料の確保から生産の安定化まで並大抵ではない苦労もありました。そうした環境の中で、着実に 年連続で売り上げを伸ばし続けるということがどれほど大変なことか、言うまでもありません。 従業員や地域やお客様がどれほど大切に扱われているかについては、ここでは書きません。本書や別途ご紹介した『日本でいちばん大切にしたい会社』で確認していただきたいと思います。 従業員も地域もお客様も大切にし、売り上げも着実に伸ばすという嘘のような話ですが、これは多くの人が認めている事実です。どうしてそんな経営ができるのか、誰もが不思議に思うことだと思います。本書はそういう疑問に答えてくれます。 本書は手紙のような形式になっています。塚越社長本人の言葉で経営理念を語っています。企業の社会的存在価値、従業員の幸福、お客様満足度とは何か、経営者や管理職なら誰でも考えることです。それで、よくある話が展開されるかと思いきや予想は外され、読み進むうちに塚越氏の経営哲学の深さに圧倒されます。 最近の日本では、アメリカ流の株主第一主義が幅を利かしています。それを前提としてお客様満足度の高さが求められています。そこでは従業員の幸福は犠牲にされ、地域への貢献は二の次に置かれます。それで本当意味でお客様を大切にすることにつながるでしょうか。それが本当の企業の存在価値なのでしょうか。それが企業の社会的使命なのでしょうか。 塚越氏はそういう根本的な疑問に明確に答えています。従業員も地域もお客様も大切にしながら、着実に利益も確保していくことができるということを教えてくれています。その一部をここで紹介しておきます。仕入れ値を買い叩くことの愚かさを指摘した部分です。 「いじめられた仕入れ先の経営者は、自分の社員をいじめます。給料や手当を削り、個人の成果を評価する賃金体系を採用し、パートや派遣社員を使って正社員を育てず、リストラまで行う。人件費を抑えるという経営者が一番やってはいけない”改革策”を安易に行っています」(本書87-88ページより) 今の日本ではリストラ、派遣切り、仕入れ先いじめを実行する経営者が優秀であるかのように報道されています。本当はそういう経営者は能力がなく、厚顔無恥なだけであると、私は思っています。松下幸之助氏も本田宗一郎氏も、不況のとき従業員を守ることに精一杯努力をしてきました。それだからこそ今でも尊敬されているわけです。 本書は全国の経営者と管理職に読んでほしいと思います。 (評者: 上ノ山明彦) |