土と遊び、土と対話し、土の良さを引き出す
今年(2008年)に入り、1月23日〜29日まで横浜高島屋で河村喜史先生の個展が開催されるというので、私も見に行ってきました。陶器を見る目が少し養われた私は、会場で河村先生の作品を見て、またまた勉強になりました。土、釉薬、登り窯に作家の技術と魂が融合して出来上がったものが、これらの作品なんだなと感激しました。「窯変」というのは窯の火によって陶器に変化が生じることです。それが器に深い味わいをもたらしています。そういうこともわかるようになりました。 ところで、あくまでも私が勉強して知った範囲で恐縮ですが、登り窯について紹介してみたいと思います。 焼く道具としては、今では便利な電気釜というものがあります。温度管理が安定していて、失敗なく焼くことができます。一般の陶芸教室ではほとんどそれが使われています。登り窯で焼くとどう違うのでしょうか?私なりに調べてみました。 まず、温度管理がたいへんです。薪には松が使われます。火を付けて、ただ薪をくべればいいというわけではありません。窯の中に温度差ができれば、陶器の焼き方にムラができてしまいます。窯の中の温度がほぼ均等に上昇していくように、薪が均等に並ぶように投入する必要があるのです。 温度が何度くらいか、陶器の焼き加減はどういう状態か、それを炎の色や陶器の焼けた色で判断していかなければなりません。長年蓄積された経験と勘だけが頼りです。まさに熟練の技です。 一定の時間、一定の温度を維持し、最終的に摂氏1300度まで上昇させます。その後、ゆっくりと時間をかけて冷ましていきます。 温度管理が失敗すると、作品の色が冴えないものとなり、台無しになってしまいます。 登り窯で焼くと、仕上がりの状態が予測できない部分があります。炎が陶器を燃やす中で、その表面をなでたり、吹き付けたりします。それが陶器に独特の変化をもたらすのです。それは二度と再現できない変化です。それが作品に独特の風味をもたらします。 さらに、薪が燃える中で灰が舞い上がり、陶器に降り注ぎます。それが釉薬と混ざり合い、灰釉という変化をもたらします。これも二度と再現できない変化です。これも作品に独特の風味をもたらします。 登り窯の中で繰り広げられる自然現象が、人の思惑を超えて究極の自然美を見せてくれるのです。 こうした過程を簡潔に表現すると、登り窯で生み出される陶器は、作家と窯と炎が共演して作り上げる最高の芸術作品ということになるでしょう。 私は陶芸という芸術の奥深さに触れる機会を持つことができ、非常に感激しました。芸術とは本当に作家の魂を表現したものだと思いました。河村喜史先生に心より感謝いたします。 |