遠藤周作に学ぶ(二)

   求道者そして伝道者として

 「純文学」作家としての遠藤周作、ユーモアあふれるエッセイストとしての狐狸庵先生、素人劇団「樹座」座長という三つの顔を持つこの作家の作品群をどう理解するべきか、という疑問が、長い間私にはあった。

 テレビに登場する遠藤周作は、表情がいつもにこやかで、ユーモアあふれるおおらかな人というイメージが強かった。少なくとも彼の経歴を調べるまではそう思っていた。

 ところが、遠藤周作の半生は病気との死闘であった。二十九歳のとき、留学先のフランスで結核に感染。当時の医療技術は遅れていたため完治させることができなかった。それが後々まで尾を引くことになる。

 三十二歳のとき書いた「白い人」が芥川賞受賞。その後「月光のドミナ」、「海と毒薬」など、信仰を題材にした純文学作品を続々発表している。

 同じ時期に、「おバカさん」、「ヘチマくん」といったユーモア小説も発表している。

 この間、三十七歳のとき肺結核再発のため入院している。翌年、三八歳までに三回の大手術を受け、一時心臓停止に陥ったが、奇跡的に回復する。この手術前に紙の踏み絵の夢を見、手術後、かわいがっていた九官鳥が身代わりのように死んだ。このときの体験が、四十二歳で書いた「沈黙」という名作の哲学的背景を固めることに影響を及ぼしたようだ。

 ユーモアエッセイ集「狐狸庵閑話」も、ちょうどこの頃書き始めている。「こりゃあかんわ」という気分になったことがエッセイを書くきっかけになり、狐狸庵という名前になったと本人が述べている。

 晩年は長い闘病病生活が原因となってか肝臓を悪くし、糖尿病にも苦しめられた。その治療の過程で腎臓病も発症し、人工透析を受ける毎日に明け暮れることになる。夜間透析という毎夜五回、一回二〇〇〇ccの薬液を注入する生活になる。最後は脳内出血で手術。意識不明のまま亡くなった。想像を絶する闘病生活だったことは間違いない。

 遠藤文学の「純文学」作品は高く評価するが、「おバカさん」、「ヘチマくん 」のような「大衆」小説や狐狸庵閑話は「遊びで書いたもの」と、低く評価する人がいる。

 果たしてそれは正しい評価だろうか?はなはだ疑問である。

 遠藤周作は、言ってみれば神父のような存在である。カトリック教徒として信仰の道を追究する、いわば「求道者」として純文学作品を書いている。一方で、信仰が薄い、あるいは信仰を持たない人々にカトリック的価値観を伝えるために、もっとわかりやすく親しみのある作品を書いた。それがユーモア小説であり狐狸庵閑話である、というのが私の結論だ。素人劇団「樹座」での活動も同じ趣旨であろう。

 かといって、信徒になるように熱心に勧誘するのが趣旨ではない。人間が生きる意味を考えたり、喜怒哀楽を共に感じたりすることが趣旨だったのだと思う。

 個人的な話で恐縮だが、私が高校生のとき、初めて読んだ遠藤文学作品は「おバカさん」である。この小説に感激し、「海と毒薬」「沈黙」へと進んでいった。それは遠藤周作の狙い通りだったのではないだろうか。私はカトリック教徒にはならなかったが。

 最後に遠藤周作の宗教観を知るには、晩年の作品「深い河」をおすすめする。「あれ?これって仏教的世界観と同じじゃないの?」と感じる方も多いはず。ヨーロッパ的カトリック世界観に日本人の伝統や価値観を融合させたものがあってもいい。そういう考えだったようだ。本当のところは本作品を読んでいただくのが一番である。