上ノ山 明彦

            ケン・グリムウッド  『リプレイ』

 社会人になると、いろんなことが見えてくる。後悔もたくさん出てくる。今の自分の知識や経験を持って、高校生くらいからの人生をやりなおすことができたら、きっとすばらしい人生を歩むことができるのになあ、と何度も考えるものだ。
 平々凡々なサラリーマンなんかになるはずじゃなかった。自分はミュージシャンになるはずだったんだ。オレは絵描きになれたんだ。私はすぐに作家なれたのに...。僕は学者になって、研究に没頭したかったんだ。人それぞれいろんな想いがあるはずである。
 そして「なんであの頃、学校の先生や周りの大人たちは、人生を左右する重要な問題に対して、ちゃんと教えてくれなかったんだろう」と、周囲を非難することしきりだろう。私も20代前半までその一人だった。
 そういう私がガツーンと頭を殴られたような衝撃を受けたのが、ここで紹介する『リプレイ (新潮文庫) 』(ケン・グリムウッド著、杉山高之訳)だ。
 もし本当に自分が人生をやり直すことができたら、どんな人生を歩むだろうか?第2の人生は、バラ色に満ち、幸福に満ちあふれているだろうか?いろんな知識や経験があるから、お金には困らないだろう。芸術の道を進むとしても最短の道を選び、時間を無駄にすることもないだろう。私はそう思っていた。
『リプレイ』では、平凡な人生を歩んできたジェフが、43歳のある日、突然死ぬ。だが、死んだと思った彼は、18歳の大学生に戻っていた。前の人生で学んだ知識があるジェフは、お金と女に不自由しない別のすばらしい人生を送ろうと決意する。
 そして第2の人生で巨万の富と最初の人生で叶えられなかった最愛の娘を得ることができるが、再びその日がやってくる。またも43歳で突然死んでしまうのである。
 3番目の人生では、別の女性と結婚し、子供をつくらず養子をもらい、できるだけ静かに暮らす生活を選ぶ。だが落ち着いた幸せも永遠ではない。再び彼は死んでしまう。
 主人公は、自分にとって何か幸福なのか?なぜこういう人生を歩まなければならないのか?悩み苦しみながら、何度も人生をやり直す。
 ある人生では、お金も名誉も無縁で質素な人生を過ごす。そんな中、自分と同じように人生を繰り返す女性と出会う。彼女とは愛し合うようになるが、何度も死に別れる。その苦しさもつきまとうことになる。
 本書は何度も生まれ変わる宿命を負った主人公を通して、生きるとはどういうことなのか?愛とは何か?家族とは何か?、について深く問題提起してくれる。
 「あの時ああだったら、こうだったら」と思う自分に対して、水をぶっかけて目を覚まさせてくれる。生きていく限り、これからの人生をどう生きるかが自分にとって決定的に重要であるということを教えてくれた。
 それと同時に、SFあるいはミステリーといったジャンルの本が、人間の人生や愛についてこれほどまで深く描くことができる、ということを見せつけてくれた。もの書きの立場としては、それも衝撃的だった。
 いわゆる「純文学」至上主義の傾向が強い日本の文学に強い反発心を持っていた私は、「大衆文学」と呼ばれているジャンルの作品が高い芸術性を持つことができるということを確信できたのである。
 実際その後、日本でも宮部みゆきを筆頭にすばらしい作家が続々登場してきた。そのことを素直に喜ぶべきだと思っている。

 中学・高校生、大学生の皆さんには、実際人生はやり直しがきかないものであるから、自分が将来進みたい道についてはよく考えてほしいと思う。うまくいけばそれでいいし、仮にうまくいかなかったとしても、それですべてが終わり、ということではないということを知ってほしいと思う。
 今重要だと思っていることが実はつまらないことだったり、つまらないと思っていることが本当は重要だったりする。世の中の表面的な流れ(それは激しく、よく目立つ)と、本当に重要な流れ(それは静かで地味)を見極め、着実な一歩一歩を重ねてほしいと思う。
 本書はある程度人生を終えた社会人には共感を与えると思うのだが、学生諸君の興味を引くかどうかは確信がない。
 それに政治家、裁判官、弁護士、警察官、教授・教師といった法・秩序を守るべき人間から企業経営者、サラリーマンまで、犯罪者がうろうろし、青少年を傷つけている。学生や子供たちが、そういう社会に夢や希望を持つことはむずかしいだろうと思う。
 しかし本書の最後で、自分の人生についてのある結論が出される。それをぜひ読んでいただきたいと思う。「いいことも悪いことも全部ひっくるめて生きていくしかないんだよ。でも人生ってそんなに悪いものでもないよ」。私には著者の声がそう聞こえた。