「一人の老人が亡くなると、一つの博物館が無くなったことと同じだ」。
これは聞き書き作家・小田豊二が、日頃から口にしている言葉です。なぜ聞き書きを自分の仕事の中心に据えるようになったのか、聞き書きとは何か、聞き書きの特長は何か、聞き書きが聴き手と語り手に与える影響などについて、自分の体験をふまえつつわかりやすく解説した本です。
聞き書きとは何か、その意義について、小田豊二は本書の中で次のように述べています。
『「聞き書き」 とは、語り手の話を聞き、それをその人の「話し言葉」で書いて、活字にして後世に残すことです。特に、この 「話し言葉」 で書くというところが、重要なのです。 なぜ、「話し言葉」 なのか。 「聞き書き」は、まず、人の話を聞かなければはじ事bないことはわかりますね。しかし、なぜ、聞いた話を、その人の「話し言葉」で書かなければならないのか、疑問に持つ方もきっといらっしやることと思います。』
『きちんとした文章で書かれたほうに比べて、「話し言葉」 で書かれたほうが、語り手の 「人間性」がにじみ出ているように感じませんか。
語り手の個性を生かす文章、たとえば、これが、語り手が地方の人であれば、さらに、たくさんの方言が混ざってくるでしょう。そうなれば、もっと、その人らしさが出るのが 「話し言葉」 なのです。
人は年齢、育った場所や濁境、話す相手のちがいなどによって「話し言葉」が異なります。ということは、
人は人それぞれ、口癖や語尾まで含めて、「自分の言葉」 を持っているわけです。』
実際、聞き書きボランティアの手によって、全国の老人や伝統文化保持者、有識者などからの聞き書き活動が行われています。被災地では被災者からの聞き書きも行われ、震災・津波の体験を後世に語り継ぐ活動が行われています。すべての人が貴重な人生経験や知恵を持っています。それが何も伝えられずに終わってしまうことは、一つの文化遺産がなくなることと同じです。本書が聞き書きを学びたいという人の貴重な道しるべであることは間違いありません。
著者略歴:小田豊二 (おだ とよじ)
一九四五年、旧満州生まれ。作家・編集者。
こまつ座「the座」編集長のほか、聞き書きの名手として、多くの芸人、職人の著書を手がける。
主な聞き書きに『勘九郎芝居ばなし』『幇間の遺言』『のり平のパーツといきましょう』『どこかで誰かが見
ていてくれる』『櫻よ』『桶屋一代 江戸を復元する』など。
(評者: 上ノ山明彦)