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タイトル |
不況もまた良し |
著者 |
津本 陽 |
発行年月 |
2000年11月 |
出版社、定価 |
幻冬舎 |
キーワード |
ノンフィクション, 松下幸之助, 伝記, ナショナル, パナソニック, 日本的経営, 従業員を大切にする, 起業, 企業の成長 |
『不況もまた良し』というタイトルが付いていますが、これは松下幸之助の伝記です。津本陽は時代小説の作家ですが、現代を舞台にした経済小説でもいい作品を書いています。本書でも津本陽の迫力ある描写と、緻密な取材に裏付けられた分析には心を揺さぶられます。
松下幸之助という「経営の神様」の偉大さについては、もう書くまでもないことですが、本書では彼の苦悩と決断という人間臭さの部分を浮かび上がらせています。それがあるからこそ、松下幸之助の偉大さ、凄さというものが、強烈な印象を持って訴えてきます。これは津本陽の作家としての感性のなせる技です。
松下幸之助は9歳である商店に丁稚奉公に出され、そこで6年間商人としての修行を積んでいます。その後、いくつか転職した後、22歳で電器部品製造の個人会社で独立。二股ソケットや自転車の電池式ランプなどが当たり、業績が伸びます。その後も数々のヒット商品を世に送り出し、大企業へと成長していきます。
そういう中でも松下幸之助は、従業員を大切にし、お客様を大切にし、社会に貢献するという姿勢を一貫して持ち続け低ます。こういうエピソードがあります。日本全体が大不況の中にあった 年頃、松下電器もこのままでは倒産するかもしれないという危機に陥りました。その時、松下幸之助は体調を悪くし、入院生活を送っていました。
幹部が病院を訪れ、相談を持ちかけます。このままでは会社が危ない。従業員の何割かを解雇して乗り切るしかないと、
松下幸之助はこれにこう答えます。従業員は一人も解雇しない。在庫を調整するために、工場を午前中だけの操業にする。それでも給料はいっさいカットしない。その代わり、全社員が売り上げを確保するために、土、日曜も出社して営業に回れ、と。
この言葉は即刻、全社員に伝えられます。これを聞いた社員も幹部も奮い立ち、必死に営業に回ります。その結果、売り上げは急回復し、危機を脱することができました。
私は、危機の局面で、いかに経営と従業員を守ることができるかが経営者の真価であると思います。昨今の日本企業では、不況になったらすぐにリストラ、派遣切り、従業員の解雇、取引先からの仕入れ値叩き、あるいはそことの契約解消、といったことをするのが、優れた経営者であるかのような印象がありますが、それはウソです。
従業員の首を切ったり、取引先を切ったりするだけなら、無能な経営者だってできます。そこで必要なのは能力ではなく、薄情さや厚顔無恥さだけですから。本当に優れた経営者というのは、松下幸之助のように危機局面で社員も経営も守ることができる人のことです。それができる人はきわめて少ないというのが、日本の悲しい現実なのでしょう。
本書は、いわゆる高度経済成長時代だけの話ではありません。タイトルにあるように、不況の時代、危機的状況の中で、経営者は、企業は、従業員はどうあるべきかを描き出した作品です。多くの人に読んでほしい作品です。
(残念ながら本書は現在発行されていないようです。古本で入手してください)。
(評者: 上ノ山明彦)
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